「課題指向型アプローチに基づいた介入」使わなくなった手を再び使える様にするには?
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はじめに

 

最近の臨床中の出来事です。

新規で入られた入院対象者さん。作業療法で伺うと、

対象者さんの麻痺側上肢は常にポケットの中に入っていました。

僕は、「なぜ、ポケットの中に手を入れているのですか?」

と聞いた所、この様な返答が返って来ました。

 

「こんな手、みっともない。」

「もう、動かないから・・・」

 

また、話を聞いている中で、「巨人軍・長嶋 茂雄終身名誉監督」も、ポケットの中に手を入れているから。

と言っていました。

 

果たして、麻痺側上肢をずっとポケットの中に入れておく事は良い事なのでしょうか?

 

という事になります。

 

今回、研究結果や理論に基づき、

麻痺側上肢を使用しないとどうなるのか?

どの様な介入をすれば、麻痺側上肢を日常生活で使えるようになるのか?

を学んでいきます。

 

 

 

学習性不使用とは?

 


Taubらが、提唱している「学習性不使用」という概念があります。

中枢神経に何らかの損傷を受けた場合に、それにより運動出力が抑圧されます。

その結果、麻痺手による様々な運動試行において、対象者は多数の失敗体験をする事となります。そして失敗体感が負の報酬となり、麻痺手を使用するといった行動を抑制する。といった事になります。

 

実際に1984年にMerzenichらが行ったサルの研究を紹介します。

Merzenichらは、サルの第3指を切断すると、体性感覚野における体部位表現領域が変化し、切断した第3指の領域に第2指と第4指が張り出してくると報告しています。つまり、運動障害によって、機能が低下し、手指を使用しなくなると、その脳領域は失われていくのです。

参考文献:Somatosensory Cortical Map Changes Following Digit Amputation in Adult Monkeys

 

脳卒中後の片麻痺の場合、非麻痺手については比較的正常な運動機能を保持している事が多く、発症前に麻痺手を用いて行っていた活動を探索的に非麻痺手で代償します。その結果、麻痺手による失敗と比較して非麻痺手では成功体験を経験する為、非麻痺手による代償的動作を優先的に用いてしまいます。この様に負の強化を図ってしまうと、非麻痺手の使用頻度が激減した結果、大脳皮質においける麻痺手にかかる領域の縮小が生じます。

以下のイラストが、「学習性不使用」の構造となります。

麻痺手の学習性不使用が生じ、麻痺側上肢を使用しなくなると、日常生活場面にも様々な悪影響を及ぼします。

 

 

 

関節拘縮

 

麻痺上肢を使用しないと、不動により関節可動域制限が生じ、後に関節拘縮になる事が懸念されます。

関節拘縮の定義として「皮膚や骨格筋、腱、靭帯、関節包などの関節周囲軟部組織の気質的変化し、柔軟性や伸張性が低下した事で生じる関節可動域制限」とされています。

また、関節拘縮は、更衣の際に着にくさが生じるなどといった日常生活に支障をきたす事が報告されています。


では、「どのくらいの期間、関節を固定すると関節拘縮が生じるのでしょうか?」

 

2014年に小野らがラットを用いた動物研究では、全てのラットの右後肢を足底屈で固定し、3つのグループに分けました。

グループ1:1日24時間連続固定を実施した群

グループ2:1日8時間連続固定を実施した群

グループ3:1日8時間断続固定を実施した群

また、固定は7日間連続して毎日行いました。

結果として、グループ1.2では統計的に優位な結果となり、結論的には、連続固定の1日8時間は関節拘縮を誘発しるが、断続的固定の1日8時間は誘発しない事が分かりました。

文献:Effect of an Intermittent Eight-hour Joint Fixation Period on Joint Contractures in Rats

 

また、一週間で拘縮が発生し、しかも不動期間を延長すると、それに基準して拘縮も進行する事が分かっています。

イラスト:関節可動域制限の発生メカニズムとその治療戦略

 

 

 

衛生問題

 

手指の関節拘縮が生じた場合、上肢が屈曲優位である事から、掌屈位になりやすくなります。掌部はエクリン汗線が最も多く存在し、特有の精神性発汗により湿潤しやすく常に握った状態により白癬症に羅患しやすいと言われています。また、関節可動域制限などの活動制限がある対象者ほど、手指の細菌汚染が高い事が分かっており、その中でも特に片麻痺を患っている対象者の麻痺手は健側手指に比べ明らかに細菌が多く存在する事が分かっています。

参考文献:長期臥床患者の拘縮手への 効果的な清潔ケアの検討

 

 

 

歩行の関連性

 

通常、ヒトは歩行中、両側の腕を無意識のうちに振っています。この動きは単なる振り子運動では無く、歩行を円滑に行う為に、中枢神経系に取り組まれた機構の一つであると考えられています。しかし、運動麻痺により上肢機能障害を患った対象者は、歩行中に滑らかに腕を振る事が困難になります。吉村らの文献によると、上肢が制限されると、エネルギー摂取量や酸素摂取量が多くなり結果、歩行中の下肢筋への負荷や疲労が多くなると報告されています。

つまり、円滑な歩行を行うには、上肢の各関節の分離運動が見られ、尚且つ滑らかな腕振りが重要となります。

文献:腕振りの有無が連続歩行での下肢筋活動に及ばす影響

 

以上の問題点が、麻痺側上肢を使用しなくなった事で生じます。

 

では、どの様にして麻痺側上肢を日常生活で使用していけば良いのでしょうか?

 

 

 

 

課題指向型アプローチに基づいた介入

 

1996年のNudoらの研究では、サルの前脚の機能を司っている脳領域に人工的に脳梗塞を起こし麻痺を引き起こしました。そしてサルの非麻痺手を拘束したうえで、麻痺手でエサ入れからエサを取る課題の訓練を実施しました。対照群として、自然回復の影響のみを受けた群においては、麻痺手の手指の領域は、肩や肘の領域に吸収されていきました。一方、課題訓練を実施した群においては、手指・手関節・前腕にかかる領域が明らかに広がった事がわかりました。

この実験で重要な事は以下の3つであるとされています。

1)麻痺手の使用を促す

2)エサ入れからエサを入れる。と意味のある課題

3)難易度を調整した課題

参考文献・イラスト:Neural Substrates for the Effects of Rehabilitative Training on Motor Recovery After lschemic Infarct

 

 

臨床における課題指向型アプローチとは?

 

リハビリテーションにおける課題指向型アプローチとは、対象者が評価を見出している課題を達成するためのアプローチ方法であり、それらを達成するために、主体的に機能改善以上に、能力制限を改善させる事に主眼を置いたアプローチであるとされています。

尚、課題指向型アプローチは、従来のリハビリテーション手法に認められる異常反射の完全な抑制を目的としているわけでは無く、現存する運動パターンを効率化し、代償的な手法も含めて、活動レベルにおける能力向上を目標としたアプローチ方法とされています。

課題指向型アプローチを実践するにあたりTimmermansらは、課題指向型アプローチを構成する15の要素を提案しています。

イラスト:行動変容を導く!上肢機能回復アプローチ脳卒中上肢麻痺に対する基本戦力 道免和久編集より一部改変

 

また、脳卒中ガイドライン2015でも、上肢機能障害に対するリハビリテーションの項で特定の動作の反復を伴った訓練(麻痺側上肢リーチ運動、目的指向運動など)を行う事が勧められています。[推奨グレードB]として課題指向型アプローチを推奨されており、有効的な介入だと考えられています。

 

 

 

まとめ

 

長嶋 茂雄終身名誉監督は、自身の右手の事を、「麻痺が残った状態の右手は人前では出さないと決めている。ファンのイメージ、夢を壊したくないから。」と記者に対して答えていました。この言葉を聞いて、僕は、自分の意思があって素敵だなと感じました。また、運動麻痺を患っている対象者が人前では、「麻痺手を隠したい。」との気持ちがあるのに関わらず、「手を出した方が良い。」というのは、対象者のQOLも低下していく一方だと感じます。

大切な事として、

対象者が、生活するうえで何を(どんな活動)望んでいるのか。」

「それらを叶える為にどうしたら良いのか?」

を対象者と一緒に考え、目標に向かって行動する為にも、僕たちセラピストは闇雲に・とりあえず治療するのでは無く、今まで作り上げて来てくれたエビデンス・根拠を元にリハビリテーションを対象者に提供する事が大切だと、感じます。

 

本日も最後まで読んで頂きありがとうございました。

 

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